2017/07/27

論点 国家戦略特区「既得権益の打破迫る制度」毎日新聞

7月25日の毎日新聞に、国家戦略特区制度についてのインタビューが掲載されています。

論点 国家戦略特区「既得権益の打破迫る制度」

既得権益と闘うための制度である国家戦略特区の、仕組みと必要性について説明しています。

なおウェブ版はこちらです。

2 件のコメント:

  1. 八田先生、
    お疲れ様です。繰り返しの質問で恐縮なのですが、獣医師・獣医療の市場について、質問があります。経済学での動的システムを分析するのにCobweb model (https://en.wikipedia.org/wiki/Cobweb_model)というものが使われるようですが、八田先生は獣医師・獣医療の市場はここでいうconvergent caseだと認識していらっしゃるのでしょうか? "The cobweb model is based on a time lag between supply and demand decisions. "とあります。獣医師、また医師の市場はこのtime lagが長い、しかも人材育成のコストが高いこと文科省の告示の理由となっていましたが、八田先生はその理由では市場を政府が規制する根拠にはならないとおっしゃっています。今回新設される加計学園は定員を160名/年を希望していたらしいのですが、獣医師の増員を学部の新設という方法で行うと、一度増員したいと決めてから、実際市場に影響を与えるまで、一気に960人市場に増やすということになります。そうすると、elasticity of supplyはかなり大きい値になりそうですが、先生は獣医師のelasticity of demandはそれより大きい値になるとお考えですか。クリニック代が安いからペットを買おうとか、家畜を買おうとかいう人は少ない(つまり獣医師のelasticity of demandがかなり0に近い)ように私は感じますが、獣医師の市場はdivergent caseにならないと八田先生がお考えになる理由を伺いたいです。 また、もしconvergentだとしても、市場から何らかのフィードバックを受け取るまでに学生や保護者が支払う学費は総計24億、さらに私学助成金と建築費の200億円も費やされます。均衡値が何なのか分からないまま投資するには、あまりに大きな金額ではないでしょうか。
    新設したい大学の質を精査する以前に、大学が未来を含めた需要をしっかりと把握できているかの確認を政府がすることはとても良いことだと私は思います。農水省と文科省がコラボすることによって、資材を無駄にしない適切な制御が行えるのだと思います。なので、獣医師・医師の分野に関して、八田先生がなぜ市場にそんなに信頼を寄せるのか疑問です。是非ご識見いただければ、と思います。

    返信削除
    返信
    1. Mimivirus様

      コメントをありがとうございました。

      【お答え】
      ご指摘のように、需給均衡の安定性に関する教科書的なトピックとしては、蜘蛛の巣理論が有名です。豚市場を例にとって簡単な説明をしましょう。まず、第1期に豚の価格が前年より安ければ、養豚農家は豚の飼育量を減らします。このため、第2期に価格が上がります。したがって第2期には、豚の飼育量を増やす。このため第3期には、価格が下がります。したがって、この期の豚の飼育量を減らし、結果的に第4期には価格が上がります。すなわち、奇数年に比べて偶数年は価格が高くなるサイクルが繰り返されるというわけです。

      現実にも、個々の財・サービス市場で、短期的にこのサイクルが観察されることはありますが、中長期的には蜘蛛の巣的サイクルが観察されることは稀です(更にこの理論的フレームワークの中では、価格が発散してしまうこともありえますが、これも現実では起きていません)。

      その理由は次のように説明できます。仮に蜘蛛の巣理論的サイクルが豚市場で起きたとしましょう。豚の価格が偶数年には高くなるという状況が何回も繰り返されるならば、先物市場ができて、(奇数期の飼育量を増やすことによって)先物価格が高い偶数期の豚の供給が増えます。その結果、偶数期の豚の現物価格は(したがって先物価格も)下がります。結局、先物市場を通じて均衡価格が安定的に達成されるのです(私がアメリカにいた1970~80年代には、シカゴの商品市場には、例えば、豚の足や冷凍オレンジジュースなどの商品先物市場もありました。今もあるでしょう)。また、先物市場が形成されない場合には、偶数期には必ず高くなることがわかっていますから、裏をかいて偶数期での販売量を増やそう、という人が出てきます。

      教育機関についても、どんなに質が高くとも既得権保護のために新規参入は許されず、「質の審査さえ受けさせない」ことになっていたところ、この規制が急に外されると、6年後に供給過大になることが予想されます。入学者たちはそのことを見越して、受験を控えるようになります。その結果、既存・新規を問わず、質の低い学校は淘汰されていきます。

      結局、市場参加者が将来価格を予想すること(これを経済学では「期待」と呼びます)によって、均衡価格が安定的になる力が強く働きます。このような予想を「合理的期待形成」と呼びます。均衡価格に関する期待によって需要曲線や供給曲線がシフトすることを、蜘蛛の巣理論は考慮に入れていなかったのです。このことを考慮に入れると、短期にはともかく、中長期的には循環がまもなく消えてしまうことを説明できます。為替市場や金融市場のように短期の動きが非常に重要な市場は別として、通常の財やサービスに関して、蜘蛛の巣的な循環が問題にならない理由はそういうところにあります。

      【付随的コメント】
      もちろん社会主義を理想として、計画経済を考えた人たちは、「すべての条件を国が考慮して分析すれば、ミスマッチによる無駄がなくて済むだろう」という考えに基づいていました。しかし国の計画が失敗したときには、誰も責任をとりません。特に、間違った予測をしたエコノミストを雇った政府の役人は責任をとりません。一方、市場に任せると、将来の価格予測をするために各社が雇ったエコノミストが成功すれば、そのエコノミストは引っ張りだことなり給料が上がります。失敗すれば、市場の中では、それなりの責任を誰かがとらなければならなくなります。結局は市場に任せて、個々の参加者の需要・供給の能力を最大限に発揮してもらうことが、予測誤差を小さくするのに役立ちます。したがって、市場の失敗がある場合以外は自由な参入・退出を認め、多少の失敗は重ねることを前提として、市場に新陳代謝をさせるのが最善だというのが、標準的な経済学的考え方です。

      ただし、国が規制をすることは、公害や情報の非対称性のような「市場の失敗」がある場合は必須です(拙著『ミクロ経済学Ⅰ』の序章・第3章・第9章をご参照ください)。しかし、それは既存事業者と新規事業者を対等に扱うものでなければなりません。例えば薬品や食品や建築物に関して商品の質を国が検査するのはこのような審査です。しかし、その際、既存事業者を規制の対象とせず新規事業者のみを対象にするという規制は非効率を産み出します。参入規制によって、優れた生産性を持つかもしれない事業者が競争することを許されず、既得権を持つ人は生産性を改善しなくてもぬくぬくと生き残れるのでは、国は成長できなくなるからです。

      ましてや「既存事業者の保護」は参入規制の根拠たりえません。しかし新規事業者に対する参入制限というのは既得権を持つ人を有利にするので、既存事業者はありとあらゆる理由をつけて参入規制をやりたがりますから、いつも注意している必要があります。

      公務員獣医師の賃金の固定と参入制限との関係は次の通りです。まず参入制限を撤廃することによって、民間獣医師の市場賃金が下がります。ですから、民間獣医師賃金と公務員獣医師賃金との差が縮まります。これによって公務員医師の不足はある程度和らぐことが予想されます。それでも不足するのなら、公務員獣医師の賃金を上げるべきです。参入規制がされていないときに比べると、上げ幅は少なくて済むでしょう。また獣医学部への財政出費の問題は、以前このブログにコメントをくださった「うえ」さんへの回答をご覧ください(https://tatsuohatta.blogspot.jp/2017/05/blog-post.html?showComment=1497462834696#c5284050199623740221)。

      また、加戸前愛媛県知事の国会における証言も参考になると思います。

      一方、国が教育研究に金をかけすぎるということを問題にされるのならば、既存の獣医学部と新規参入者を競争させたうえで、敗者の退出を今よりしやすくすることが必要です。例えば、獣医学部全体への補助金を減らすといったことです。既存の事業者だけに利権を与えることは、国のすべての産業を根底から腐らせてしまいます。

      なお、「効率的な資源配分」の詳しい説明については、N. G. マンキュー『マンキュー入門経済学』の第6章や、神取道宏『ミクロ経済学の力』の第3章・第10章、あるいは拙著『ミクロ経済学Ⅰ』の序章・第3章を、それぞれご覧ください。

      削除